昭和50年07月14日 朝の御理解
御理解 第58節
「人が盗人じゃと言うても、乞食じゃと言うても、腹を立ててはならぬ。盗人をしておらねばよし。乞食じゃと言うても、もらいに行かねば乞食ではなし。神がよく見ておる。しっかり信心の帯をせよ。」
しっかり信心の帯をしておる積りであっても、どこにか緩みがあったりして、だらしなくなったり致します。愈々腹を立てなと言う事はいうなら大きな腹になれと云う事である。豊な心になれと。例えば子供が大人に向かって馬鹿だというてもそうは腹を立ちません。けれども大人同士が馬鹿のアホのとこう、悪言雑言言われたら腹が立つ。だから自分自身が大人になればよい。
自分自身がより大きくなればよい豊になればよい。だから私共の信心がしっかり絞めておる様であっても、緩みがちと云う様な時に腹が立つのですから、だからその都度に矢張り腹が大きくならなければなりません。腹が大きくなりますから、帯の方がしっかり締まって来る様なものです。私は思わせて貰うのに今日は例えば盗人じゃ乞食じゃともう愈々極限の悪言雑言でしょうが、例えばそう言う事を言う人の事を祈れれる様な信心。もう愈々心豊かになって来る。
又はそれを許せれる信心。又はその人の言うておる事を愈々自分の心の中に成る程、泥棒した事はない、もろうて歩いた事もないというても言われてみると成る程泥棒が心の中に住んでおる。成程言われてみると心の中に乞食が住んでおる。自分というものを、愈々いうならば、謙虚に見つめる時言うならば、自分のお腹の中を顕微鏡で見る様な気持ちで見る時にね、それは様々な泥棒心があり、乞食心がある事に気付かせて頂いて、それを改まりにして行く生き方もある。
私あの信心させて頂くものが、段々豊に大きくなって行かなければならない。しかも信心が段々分かって来て祈りの力と言った様なものが出来て来る様になりますとね、本当に怖いです。例えば信心、御祈念力の非常に強い人があんやつから泥棒と言われた。あんやつから乞食と言われた。本当に無念だ残念だとこう思うたらね、あんやつがという心が起こったらあんやつがね、確かに不幸せになるです。
もうそれをねあの、はぁあげなやつは一遍おきずけなっとん頂かなきゃ出来んがと云う様な考え方をしておりますと本当にその人がおきづけを頂くです。だからそれでは神様はお喜びにならんですね。私は本当に今から考えてみますと色んなそう云う事が御座いまいたですね。私がまだ神様に色々お知らせを頂く、まだお商売をやっておりましたけれども、お商売が段々、出来なくなった頃でした。年末のもう愈々三十一日に押し迫って、お店の方達に給料が出来ていませんから払いにいったんです。
もう此の方はもうあの兄さんになる方ですけれども、とても人物のごとしとってから腹の中の悪い人でした。それはもう本当に腹の中でこなすという人でした。大きな仕事もしておりましたが、その人の弟さんが私の方に来ておりました、その人の弟さんの所へあの給料を遅うに持って参りました。もう向こうでは丁度、運そばどん食べてから一杯機嫌の所でした。それから(?)いつまっでんあの、でけずにというて断りを言うてから持って行きましたのは、矢張り機嫌が悪かった。
それでまあ私帰りましてから、あの立とうとしました。立って襖があの開かっておりましたから、あの御無礼しますというてから、私が立ちがけにですね、襖をそこは開けといて下さいち。私閉めようとしました。そしてから、貧乏神が出ていかなんからとこう言われた。もう本当に私はもうそれこそ血の涙が出ました。そのまだ神様からお知らせを頂くとか、信心はしておるけれどもそういう時でしたからね。
今私の方の店がどんな状態であるかと言う事は知ってあるし、そして給料なら給料を持って来たち言う事は、そうにゃ大坪さんが苦労して、来ておるとじゃろうと分かる様な時代なのです。それにね、持っていった事がそのまあ風が悪かっただけではなくて、帰りがけに勿論一杯機嫌も(?)もう運そばどん食べちから、一杯機嫌の所です。してならその済みません良か年とって下さいという訳で、出ろうとしておる襖閉めようとしたらです、大坪さんそこ開けといて下さいち。
貧乏神が出りゃなんからち。もうちょいとあの言わば私を当時の貧乏神といわれる程しに貧乏しておりましたから、もうそれが本当に無念であり残念であった。その後において人がどんどん助かる様になっても、もう本当にそれこそ、腹の中でこなすちゃこんな事じゃろうという、言う様にですね、様な事を平気でする人でした。性根が良くなかったです。所がそれから一年くらいしまして、商売に失敗されまして、それから家出をされました。そして今にまだ帰ってみえません。
もう二十七、八年。勿論お得意さんも無くなっておりなさるじゃろうと云う事で御座いましょうけれどもね。だから私はその事を思う時に本当に、例えばなら、私の祈りというものが強ければ強い程です本当に、私が無念残念と思うておった事は向こうへ行く訳です。その人が不幸せになるです。私はこういう例をね、死ぬとまではいかんでも本当に、いくらも持っております。
いわば私の信心の幼稚な時代ですから、いうならばあんやつはとこう思うたらあんやつがというのがもう不幸せになるのです。それだけ祈りの力というか念の力というものが大きく広かった。それが私がある教会にお話にいっとりました。もう朝からずっとお話をしてります。沢山な信者さんが移り変わりお話を聞きに来ます。だから夜の御祈念が終わって夜の御祈念がまた、十人くらいお話を聞きにみえておりましから。
お話させて頂きよりましたら、そこの教会長先生の奥さんの婿さんにあたりますから、その時分にその私が先生でもないのに大坪先生大坪先生というて人がどんどんその教会に集まるもんですから、弟さんの方がもやもやする訳ですね。教会長の事はあんまり先生と立てずに、その、本当にそういう事もあったでしょうが、お話を始めますと隣の部屋に言って、ひちりきですね。
篳篥をもうとにかくやかましゅうしてお話が出来んくらいに、やれるんです。だから私はあの時分にはもうちょっと障害があったらお話が出来んくらいな時代でしたから、お話を止めました。そして二三十分致しましたらその、その方がお広前に出て来た時にはね、もう顔がこんなに腫れて、口はもうひっくり返ってからこげん腫れて来ておったですよ。そりゃ本当にもう、打てば響くちゃね。
おかげの方もですけれども、そういうばちかぶると言いますかね、嫌な事も矢張りこちらの念が強い時にはどうしたやつじゃろうかと。これだけ、いうなら私が話しよるばってん、これはそのまま神語りだと。神様にお知らせを頂いてお話をしよるとじゃから。それをわざわざ隣の部屋で邪魔をする様な事をして、どうしたやつじゃろうかと思いながらお話を止めておる訳です。これはもう顔が腫れあがった。それこそ口がこうひっくり返ってしまっておりますよ。腫れてから。
それで私はその晩、その方にね色々お話をしました。あなた方は大体は教会のお嬢さんば貰いなさったくらいじゃけん、するとあんたは金光様先生でんならにゃん運命の人かも知れんよち。それがあなた私くらいな者の話じゃあるばってん、矢張り神様のお話をしよるとにああいう事をした事をあなたが本当に悪いと思うたら、御結界に行ってからお詫びばしてごらんち。というて私はそう申しましたが、明くる朝の御祈念に参ってみえた時にはすっかり治っておりました。
と云う様にですね、そういう例はいくらもあります。ですからね盗人じゃというた泥棒じゃと言うた。本当に俺がいつ泥棒をしたかというて腹かいて相手にその恨みつらみというものを持って行く様な事では、その持って行かれた方がおかげを落すです。そりゃあげな事を言うたけんでばちかぶってから、よかざまがと云う事もありましょうけれども、それでは信心じゃないと云う事なんです。
そしてよくよく分からせて頂くと、それはその人じゃなくてそれが言わば神様であったとまで思えれる様になるし、またそういう心の貧しい人の事を祈らせて頂けれる様なゆとりを皆さん頂いて頂きたいと思いますね。信心させて頂くものはよくその、あげな事をしよって、おきづけ頂くがと。私はそういう事をいうてもいけないと思うですね。そういうなら様を見たならばです、その人が立ち治れる様に、私は祈る事こそ私は信心だと思います。ところがいわゆる感情の動物ですから、言われると腹が立つ。
腹が立ったらあんやつがと思う。あん奴がと思うとあん奴がおかげを落す。それがおかげを落したら、それが又こちらに照り返って来ると云う事もあるのです。照り返って来るのです。これは信心させて頂く者の微妙な所ですけれどもです、言わば無念とか残念とかと云う様なものは、信心させて頂く者の上にはあってはならないと云う事なんです。一切が信心で吊り下げた時にです、それは有難い心の根肥やしにこそなれ、それがおかげを落す元になる様な事ではいけない。
所謂いう、乞食じゃと言うても腹を立ててはならんと云う事はそう云う事だと思うのです。心の中で腹を立てておる。そしてあんやつがと思うておる。本当にこの恨みを晴らさずには置くものかと云う事を思うておる。いつか言うて返さじゃと言うて考えとる。是ではねいよいよ信心ではないです。本当に江戸の仇は長崎でとやっぱ信心しとったっちゃありますよ。もうあれからあげな事だけ言われた事は忘れんち。ずっと恨み続けとるわけ。これではおかげにならんです。
我とわが心が拝めれる様になる稽古ですから。信心とは。それこそ叩いたやつや悪口を言うたやつの事でもです、祈れれる信心。ここでなら信心を落として行く人。辞めていく人。そういう人は限ってですね、私の悪口を言うですね不思議に。そりゃもう親先生のとにかく神様のごと思うておったという人でもです、一応ここをなら辞めますとね合楽の悪口です。いわゆる親先生の悪口です。そう云う事がやっぱり耳に入って来る場合があるですよ。誰が軽いとこう言ったって。
そういう時にですそういう時にあの、反対の祈りというものがね、あり難い祈りが返される心の状態にならなければね、私自身が助からないです。そげな事言うたちのち。あれがそげな事いうとばちかぶるがの、言うと本当にばちかぶるです。だから本当に怖いです。私はそう言う事を思いません。本当に昔なら、ご縁を頂いて悪口を言うておってもです、矢張り一応は私は親先生とも神様の事もと言うた人も、時代もあるのですから。その事を私は祈ります。
是はもう、二十数年前だったでしょうか、あの森部の高山さん達が夜の御祈念に一家中近所の親戚の方達まで、乗せてからオート三輪車で参ってきよりました。丁度秋永先生ところが元、あの馬渡と言う所でしたから、そこの前であの婆しゃまが毎晩参って来よりましたから、参りなさるなら一緒に乗って行きなさらんの、ち言うておらんだけれども、何か用意が出来とらのん、お先に参って下さいと云う事だった。
そして、秋永先生の所を出てから、牧とあの馬渡の合い中でトラックと正面衝突したのです。ひどいものですね。オート三輪車が離れ、千切れてから両方の畑に飛んでおったのですから。中に五人から乗っておっとった。そうしてその五人の人達がそれこそその、もう何間もある所に跳ね飛ばされた。その時にほんの嫁入り前の近所の親戚にあたる娘さんなんかも乗せてきておりましたがね、この人なんかも全然無傷でした。
後から高山さんが、あの人どんが顔にに傷どんが出来た。もうほんにどげん申し訳なか事じゃったけれどもというてですね、そしてすぐ病院に行き、高山さん今の婦人総代の高山さんだけは、ごぞごぞ這う様にして、バスに乗ってお礼に出て来ました。そして病院に行って見た所がもう大した事は無くて、あのおかげを頂いた。亡くなられたお父さんだけが額にちょこっとばかり傷が出来ました。
その事をですあくる日の新聞が報道しております。ね。金光様に参りがけにしかもそういう怪我が、何かその信仰ち言いよった、何かそげな事ば書き立てたい訳ですね。お参りしよってから怪我したと言った様な事をですね、もうこう皮肉にその、私はそれをあの読ませえて頂いた時に、もう涙が流れて涙が流れてしょうがないでおる時に丁度久保山さんが参って来よりました。善導寺のその事を私話した事がありますけれども、その時分私と親教会の間はそれこそ、もう大変な状態の中だったのです。
もうそれこそ親先生がもう、それこそこん男ばっかりは見損なった。あれだけおかげを頂いておってから親を親を思わんと云う様に言うておられる時分だったのです。その時にですあの、椛目でそういう事故が起こったと云う事を新聞で見られたら、親先生が少し気が楽になられるだろうと私は思うたです。そしたらもうとにかく、その涙が止めどもなくあの、感激した事がありましたから、丁度久保山さんが参ってみえたから、久保山さんにその話をしたら久保山さんも共々にね、涙を流して聞いて下さった事です。
本当に信心ちゃ有難い事ですねと云う事ですよ。合楽に言われておるからこりゃ、あれどんから笑われちゃならんち言うごたる風なね、事じゃいかんのです。もう本当にあれどんがほんなこと、ばちかぶればよかがと思えしなされねばってんですたい、おきづけを頂かな、分からんと言う様な思いになっただろうと思うです。そこにそういう椛目に参って来よったものが事故を起こしたと言う新聞記事をもし親先生が御覧になったら、心がいくらか休まりなさっしゃろうと思うたです。
だから信心の心というものはもう限りがないです。育って行くと言う事は。それこそキリストが言う様に、右のほほを叩かれたら左のほほを出せと云う様な心の状態が確かに開けて来るです。ですから例えば泥棒じゃと言われても乞食じゃと言われてもです、腹を立てな、立てない所ではない、相手にお礼が言いたい。相手の事を本当に祈らずにはおれないと云った様な心の状態がです。
愈々心が豊に大きくなって中身が有難う事なって行く事であるし、同時に信心の帯をせよと仰るが、緩んでおったからこそ、そこにそういう問題が来て起こったとするならば、緩んでおったからこそ、そういう悪口を言わねばならぬ事が起こった、とするならばその事によって、お腹が大きくなる腹を大きくする事によって、今まで緩んでおった帯がキチッと締まる様なおかげを頂きたいですね。
どうぞ。